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2018-11

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はじめまして、こんにちは。

ウェブページ「フロイト研究会」の会長重元寛人と申します。
半年ほど前から、ブログ「重元寛人『フロイト全集』を読む」を作っております。

このたびは、FC2ブログさんで新しいブログを立ち上げました。
前のブログではフロイト全集のことや関連の記事の他に、他の読書や雑談なども書いていました。だんだんブログの方向もさだまってきまして、それで記事の内容によってブログをわけることにしました。半分引越しするということですね。

今後は、「フロイト全集を読む」の方はフロイト関連の記事に特化して続けていきます。こちらのブログでは、フロイト以外の読書についてと、趣味・雑談のカテゴリを扱うことにいたします。
「フロイト全集を読む」では、毎日更新をめざしていましたが、今後はどうなることか。とりあえず、この新しいブログはマイペースで記事を書いていきたいと思います。

以前からブログをご覧になっていた方も、新しい方も、今後もよろしくお願いいたします。
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こっちの水は甘いか

まだまだブログは初心者であるが、半年ほどやってみてわかったことがある。ひとつは、ブログはホームページとは違い、サービスを提供する会社によって機能や使い勝手に大きな違いがあるということである。
これは考えてみればあたりまえのことであった。ホームページの場合には自分で作る外観や機能の部分を、ブログではサービス会社が提供してくれるわけだから。
で、それを無料で提供してくれる会社がある。このFC2というのもそのひとつ。しかも、そのサービスが非常に充実している。

インターネットでは、いろいろなサービスが無料で提供される。それらのしくみがどうなっているのか、説明されてもいまひとつよくわからない。
われわれは無料でブログを作って公開できるというサービスを享受しているわけだが、そのかわりに何か価値あるものをサービス会社に提供しているのであろう。
ひとつは宣伝ということ。しかしFC2でもそうだが、最近の無料ブログでは目立ったバナー広告が必ずついてくるようなことはない。宣伝するのは提供するサービス会社についてだけだ。
利用者が提供しているもっとも価値あるものは、おそらく「情報」ということなのではないか。つまり、ブログを製作したり閲覧したりコメントしたりといった人々の動きについての情報を、サービス提供会社は集積することができる。利用者が多くなる程に、それらの情報はネットビジネスでの利用価値が高いものになるのではないか。
であるとすれば、それらの会社が利用者獲得を競い、その結果それぞれの提供するサービスが充実するということも頷ける。

「重元寛人『フロイト全集』を読む」は、私が加入しているケーブルネットのインターネットサービスであるZAQの提供するブログサービス(BLOGari)を利用している。お金を払っているプロバイダが提供しているサービスだから、それを使うのが当然よいだろうと思ったのだ。
半年ほどやってみて、そして他の人のブログもいろいろ閲覧するようになって、必ずしもそういうわけではないことがわかってきた。
インターネットを利用するほとんどの人は有料のプロバイダに加入しており、それらのプロバイダはだいたいブログのサービスを提供しているだろう。にもかかわらず、無料ブログサービスを利用する人が多くなっている。それは、これらの無料サービスが高性能だからだろう。
私のやっているような地味なブログを作るぶんには、BLOGariで充分なのだが、それでも無料サービスで作られた華々しいブログをいろいろ見ていると、なんだがうらやましくなってくる。
ブログを半分移設した理由には、そんなこともあったのだ。

もっとも、そのことには少々罪悪感、というと大げさだが、みたいなものも感じている。
ZAQは関西地方のケーブルテレビサービスなので、BLOBAriのブログも当然この地域の人々のものだ。
(余談だが、個人情報を一切明かさないはずだった私重元も、関西地方に住んでいるらしいという重要な情報をはからずも公開してしまった。)
だから加入しているブログを見ていると、身近な場所の情報がでてきて、誰かは知らないが近くの人なのだろうという親しみがもてる。ローカルなよさがあるのだ。

一方FC2は、月間アクティブユーザー数26万人の日本最大のブログサービス(2006年10月現在)。
まあ、多数派に入っていれば安心というのもあるが、どちらも大事にしていきたいね。
とりあえず、新しいブログではいろいろ試してみたいと思っている。

怪我の光明

最近の特技といえばパソコンを壊すこと。昨年はノートブックを2台昇天させ、今年になってデスクトップが突然動かなくなった。指先から特殊な電磁波でも出ているのか。

災難もたびたび見舞われると、さほど驚かなくなる。現在は壊れたパソコンにつながっていた液晶モニタにモバイルコンピュータをつないで記事を書いている。やってみるとこれはなかなか具合が良い。

設定としては、モバイルPCの画面プロパティで外部液晶モニタをセカンダリディスプレイとし、プライマリディスプレイと上下に配置する。こうしておいて、モバイルPCを手前に外部モニタを奥に置いて使用するのだ。
モバイルパソコンのディスプレイにはいつものデスクトップ画面が表示され、外部モニタには壁紙だけの新しい画面が出現する。マウスもウィンドウも2つの画面を自由に行き来できる。散らかった部屋が手狭になってきたところで、空っぽの部屋が隣にもうひとつ出現したみたい。ニンテンドーDSの上下画面とも似ている。とにかく実に気持ちがいいのだ。

別にパソコンが壊れなくてもこんなことはできたのだが、必要にせまられないとなかなかやってみないものだ。これも怪我の光明。人生なにごとも前向きに考えていきたい。

トマトパワー

tomato1.jpg

家庭菜園みたいなことを少しやっている。まだ超初心者なのだが。
去年プランターでミニトマトを作って結構うまくいったので、今年もゴールデンウィークの頃にトマトの苗三種類を買ってきて今度は庭の狭いスペースに植えてみた。1日中日が当たる場所でもなく、かなりいいかげんに育てているのだが、1ヶ月でこんなに大きくなってすでに実もつけている。余計な芽をつんだりしないといけないのだが、何日か目をはなしているとその間にどんどん大きくなってしまう。とにかくこの旺盛な生命力にはびっくりだ。

雨上がり

雨上がりは庭の植物も元気になる。
中球トマト。早く赤くならないかな。
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ミニトマトですね。
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イタリアントマト。ちょっと変わった形です。
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トマト・パワーその2。去年ミニトマトを作ったプランターをだらしなく放置していたら、落ちた果実から芽が出てきている。どこに植えようかな。
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トマトの隣はナス。もうすぐ食べられるかな。葉に虫がたかっていて、いまひとつ元気がない。
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先週植えた芋づる。新芽を食べているものがいるようだ。虫か鳥か?
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プランターのイチゴが食べごろになってきた。市販のもののように甘くはないが、けっこういけるよ。
ichigo.jpg

以上、今週の週末園芸でした。野菜作りは楽しいな。

エスカルゴ!

エスカルゴを食した。
escargot.jpg

缶詰と殻のセットになっているものを購入。にんにくとパセリを混ぜたバターと一緒につめてオーブンで焼く。
レストランで食べるようなわけにはいかないが、結構いけました。
そんなことより、感動したのはエスカルゴの殻の美しさ。
写真は、食べ終わってからもう一度殻を洗ってボールに入れたところ。
ふっくらと、実に均整のとれた形をしていて、いつまでも眺めていたくなる。
貝類の殻は、相似形を保ちながら外側に新しい部分を追加することで大きくなっていく。二枚貝でも巻貝でもそういう形になっている。
自然によって作り出されるものはすばらしいなあ。(食べてしまって言うのもなんですが。)

かわいい!

セーイチさんのブログ「発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版」の記事「Love is destructive」からの連想。

私はフェアバーンについても「Love is destructive」についてもよく知らないので、見当はずれな連想かもしれないが。
「かわいい」という感情には、攻撃的で破壊的なものが秘められていると以前から思っていた。

1.「かわいい」というのは愛情の一種だが、そこには「自分が相手より上の立場にある」という前提がある。その証拠に、目上の人に「かわいいですね」というのは失礼にあたる。子供もある程度成長すると「かわいい」と言われるのを不満に感じるようになる。
2.かわいいための必要条件としては、相手が自分に従順であるということがある。この条件が崩れると、「かわいい」は「生意気」になり、「かわいさあまって憎さ百倍」となる。
3.「食べちゃいたいくらいかわいい」とか「目に入れても痛くない程かわいい」など、かわいいものを取り込みたいというニュアンスがある。

つまり、かわいいというのは、弱くて従順なものに対する憐れみと優越感を含み、さらにその対象を取り込みたいという欲望をはらんだ愛情であろう。かわいいの原型は親の子に対する愛情であり、かつて自分の体の一部だった存在と再度一体化したいという願望なのかもしれない。

宮崎あおいさん入籍

>女優の宮崎あおい(21)と俳優の高岡蒼甫(そうすけ)(25)が15日、東京都内の区役所に婚姻届を提出した。7年越しの交際を実らせてのゴールインになる。(H19.6.15サンスポニュースより)

 ご結婚おめでとうございます。
 数年前から地下鉄の車内にあるコンタクトレンズ販売会社の広告にでている女の子がかわいいなと思って「宮崎あおい」という名前をチェックしていたのだが、だいぶ後になってからNHKの朝ドラ「純情きらり」の主人公役の女優とわかった。ちなみに、そのメーカーの広告モデルは最新版から別の女性になってしまっている。

 宮崎あおいさんがこれだけ売れている理由は、その演技力の高さだというのだが(これはもしかすると容姿の方は平凡ということを意味するのかもしれないが)、私はむしろ彼女の容姿や表情、そしてそのような外見から想像される人柄といった、全体的な魅力に惹かれる。最近は顔もスタイルもかっこよいモデルや俳優が続々と登場しているが、どうも整いすぎていて画一的と感じる。また、街を歩いても身の回りにいる若い女性を見ても、そういうモデルを目指しているかのような容姿の人が多い。そういう中で、あおいさんは、かつて身近にいたような、かわいくて性格のよい女の子といったものを想い出させてくれてとても懐かしく思うのである。こういう雰囲気の若い人が、これからまた増えてくるとよいのだがなあ。

トルストイ「戦争と平和」

「戦争と平和」 工藤精一訳 新潮文庫
★★★★

 ようやく読み終わった。物語が終わった後にエピローグの第二部というのがあり、歴史論が展開されるのだが、これを読むのが大変だった。巻ごとの主観的評価をしてみると、以下のようになる。

第1巻★★★★
第2巻★★★★☆
第3巻★★★☆
第4巻★★★★

 ストーリーとしては第2巻のナターシャをめぐる恋愛の話が断然面白かった。戦争の話のクライマックスは第3巻なのだが、期待したような盛り上がりはなく、というかもともとそういう話だったようだ。そして後半になると、歴史についての考察の比重がどんどん増えてくる。主人公たちの生き様は紆余曲折だったが、最後はわりとハッピーエンドでよかった。

 読み終わったら、「アンナ・カレーニナ」、「復活」と読み進んで今年はトルストイの年にしようかと思っていたが。ここで少し休憩かな。

ライ麦畑でつかまえて


ライ麦畑でつかまえて J・D・サリンジャー著 野崎孝訳 白水社
★★★☆

 高校時代に週一回通っていた塾に「チューター」っていう、授業の合間にプリントなんかを配ったりする大学生がいてね、僕のとってた英語クラスのチューターてのが、K大学っていうミッション系の学校に通ってて、ちょっとお堅いけど一途な感じの女の子なんだけど、毎回毎回「ライ麦畑でつかまえて」って本の話をしてたのさ。「私は登場人物ではだれそれが素敵だと思うけど、みなさんはどうですか」なんてことをね、百万回は聞かされたもんだ。授業の方は居眠りしてばっかししてて習ったことなんかこれぽっちも覚えてないけど、あの子が甲高い声で「ライ麦畑」って連呼してたのだけはなぜか頭にこびりつちゃった。そん時は読んでやろうなんて思わなかったけど、ずっと気になっていたんだろうね。最近ある人にまたこの本を薦められて、それでやっと読んでみたってわけなんだけど、こいつは参ったね。ライ麦畑って題名と、あの女の子のイメージからさ、なんかこう田舎を舞台にした健康的な青春群像みたいなもんを想像してたからさ、それでいまいち読む気がしなかったてのもあるけど、とにかく読んでみたら全然違うじゃないか。じんときたけど、なんだか読むのがつらい話だったな。でも最後はちょっとほっとしたよ。だけどさ、これを書いたのがほんとは大の大人だってのがね、ちょっと嘘っぱちだっていう気がするな。もし、ホールデンて子がこれを読んだら、やっぱしこんなの嘘っぱちだって言うんじゃないかな。

だいじょぶかー?BLOGari!

お気づきの方もおられるかと思いますが、ブログ「重元寛人『フロイト全集』を読む」は、本日(平成19年5月12日)午後より見ることができません。ZAQブログサービス「BLOGari」が緊急メンテナンス中のためです。突然、予告もなしにブログの投稿はもちろん閲覧さえもできなくなり、いつ復旧するかも知らされていない状況です。

6月にサービス拡充のためのメンテナンスを行ってから、各ブログで表示の不具合が出たり、トラックバックスパムが大量発生したりして、ユーザーからは不満の声が続出していた。ZAQの方でもメンテナンスを繰り返して対応を続けていたようだが、本日よりすべてのブログで画像が表示されない不具合がおこり、原因究明中とのことであったが、ついにこの事態になってしまった。これまで記事の投稿や編集ができないメンテナンスはあったが、記事まで見られないとは。だいじょうぶなんだろうか。

一番心配なのは、記事のバックアップをとっていないこと。下書きは別のファイルに書いているのだけど、最終的には投稿してから細かい手直しをしたりもしている。そして、サービスの中で簡単に全体のバックアップファイルをダウンロードできるようになっていないのだ。この点もFC ブログの方がよくできている。

明日まで復旧されなかったら、こっちで記事を公開する予定です。
(一瞬前の記事で未明に公開予定と書きましたが、手元のパソコンに下書きがなかったのでできません。明日以降に考えます。)

真剣に引越しを考えようかな。

嘘はつけない

「重元寛人『フロイト全集』を読む」に掲載予定の記事です。現在ブログ閲覧できないため。一時的にこちらに掲載します。

嘘はつけない »

引越してきました

昨年12月より、「重元寛人『フロイト全集』を読む」というブログを作ってきましたが、いろいろあってこちらへ引っ越すことになりました。今後ともよろしく。


以前の記事も少しずつこちらに移動してくることになると思います。

BLOGari復旧!

先ほどより、「全集を読む」のブログが復旧したようです。
まずはめでたし。

本日の記事を読むためにこちらに来てくださったひともおられたようで、ありがとうございます。

実は、いつになったら復旧するかわからず、不安にかられてもひとつブログを立ち上げてしまった。
重元寛人「フロイト全集」を読む2

しかし、今回のことはBLOGariサービスの信頼性をかなり失墜する出来事だった。私は文字ばかりの記事だったので影響なかったが、リニューアル以降にアップロードした画像はすべて失われてしまったそうだ。
相当怒っているユーザーもいるのではないか。

勢いで引越しを宣言してしまったものの、やはり面倒くさい。デザインなんかは今のブログの地味なところが気に入っているし。新しく加入したサービスはいろいろ見ると「全集を読む」にはやや向いていないようなんだな。
しばらくはこれまでどおりで続けるが、「2」の方はどうしようかな。

思案中

勢いでブログの引越しを宣言していまいましたが、ちょっと考え中です。

それというのも、もとのブログ「重元寛人『フロイト全集』を読む」の方が復旧して、今のところ問題なさそうなので、もう少し様子をみようかと。

なんといっても、引越しといっても面倒くさいからね。


それにしても、再開されたBLOGariで新着記事を見ると、予想していたとおり今回の出来事への非難の声が続々あがっている。なかには、ケーブルテレビ会社自体を悪徳商法のように批判する声もあったりして、なんだか読んでいて穏やかでないな。


せっかく、こちらのブログも開いてしまったので、どうするか、しばし考えて見ましょう。

引越し

このブログ画面の下の段を見ると、「あなたのブログ、そのままアメブロにお引越し!」と、甘い言葉で誘惑している。


残念ながら、引越しを考えていた「全集を読む」のブログサービスは、引越し対象となるサービスのリストにはないのであるが。

しかし、無料ブログサービスのユーザー獲得合戦はなかなか熾烈なものになっているということかな。

ユーザーの方も、あっちのサービスからこっちのサービスと乗り換えたり、複数のブログを立ち上げたりするようになているのでしょうね。


勢いで「読む2.0」を立ち上げたものの、振り上げたこぶしを振り下ろすことも出来ず、むしろこの状態を楽しんでいきたいと思う。

ちなみに、「重元寛人『フロイト全集』を読む2.0」の「2.0」は、もちろん「ダイハード4.0」の真似でして、きたるべきサイバーテロに備えるという意味を込め、悪質なスパムから身を守るための戦略としてこのサイトを立ち上げたという作者の決意をあらわしている。なんちゃって。

それは冗談にしても、「1.0」(これからは「重元寛人『フロイト全集』を読む」の方はこう呼びましょう)へのトラックバックスパムのひどさには閉口したね。あれで引越しのことを考え始めたところに、あの緊急メンテナンスだからなあ。

あらかじめごめんなさい

今日は「1.0」の記事を3つ書いた。順次公開予定。

「モーセという男と一神教」もいよいよ佳境に入ってきたわけだが。

ことが宗教の問題だけに、これまでのように気軽には書けないところがある。

真剣に信仰している方の気分を害しているのではないかと、ひやひやする。

フロイトが本書を執筆した時の気分の1000分の1くらいは味わっている感じかな。


私自身は宗教というものに最大限の尊敬を払いつつ真実を追究したいし、こういった微妙な問題についても自由に考えていきたいという立場である。

翻訳サイト

フロイトの原文を使って、翻訳サイトで遊んでみた。


原文
Es ist besonderer Hervorhebung wert, daß jedes aus der Vergessenheit wiederkehrende Stück sich mit besonderer Macht durchsetzt, einen unvergleichlich starken Einfluß auf die Menschenmassen übt und einen unwiderstehlichen Anspruch auf Wahrheit erhebt, gegen den logischer Einspruch machtlos bleibt.
GW16-190


Infoseekマルチ翻訳 ,独→日
忘却から再発する各々の部分が特定の力で一般に受け入れられて、比類なく強い影響を群衆に行って、抵抗できない論理的異議が無力なままである真実に対する所有権を主張することは、特定のforth-recoveryに価値があります。


livedoor翻訳 ,独→英
It is worth for particular forth recovery, that each piece returning from the oblivion becomes generally accepted with particular power, practices an incomparably strong influence on the crowds and lays an irresistible claim to truth, against which logical objection remains powerless.


Google翻訳 ,独→英
It is worth to special emphasis that each piece returning from the oblivion practices interspersed with special power, an incomparably strong influence on the people masses and lays an irresistible claim on truth, against which logical objection remains powerless.


以下は、全集の邦訳と標準版の英訳


特にはっきりと言っておかねばならないのは、忘却から回帰したものは、まったく独特の力でもって回帰してきた目的を果たしてしまい、比較するものなどないほど強力な影響を人間集団に及ぼし、真実に向けて抵抗しがたい要求を突きつけてくるという事実であり、この力に対するならば、論理的な異議申し立てなどいつも無力だ、という事実である。
全集22-106


It is worth specially stressing the fact that each portion which returns from oblivion asserts itself with peculiar force, exercises an incomparably powerful influence on people in the mass, and raises an irresistible claim to truth against which logical objections remain powerless.
SE23-85


独日の自動翻訳はまだまだだが、独英の翻訳はかなりいいせんいってる。特にGoogle翻訳は標準版の英訳に肉薄している。
言語構造が英語とドイツ語では近いから、ということだろうが、それにしてもたいしたものだ。
しばらくは、これで遊べそうだな。なんとなくドイツ語を読んでいる気にもなる。これでドイツ語読解の力がついてくれるとよいのだが。

怠惰なもので

「1」の方の記事を3日分くらい書き溜めたと思ったら、つい安心してさぼってしまった。

明日の記事がなくなり、あわてて書いたところ。

いつもこんな調子で、記事の70パーセントくらいは前日に書いているかな。当日に書くこともある。

時間の余裕のある時に書く方がよいかというとそうとも限らない。

せっぱつまって苦し紛れのことも多いが、そんな時にけっこうおもしろいことがひらめくこともある。


こっちのブログは、基本的には書き溜めないでダイレクトに書いてます。

気軽に書きやすい雰囲気があって、けっこういいですよ、アメブロ。

こんごともよろしく。ではおやすみなさい。


トースター

Russell Hobbs クラッシックトースター 9206JP


 食に関することで最近ちょっと衝撃的だったこと。新しく買ったこのトースターで焼いたパンがうまいこと。トースターでこれほどパンの味が変わるとは思わなかった。
 味を言葉で表現するのには自信がないが、普通のオーブントースターで焼いたものより、硬めの仕上がりで歯ごたえがあり、それでいて中身には水分と旨みが閉じ込められているような感じだ。(漫画「美味しんぼ」の影響か、味を表現する際に「~ それでいて ~」という描写の仕方をよくみかけますね。)
 ふりかえってみると、私が小さい頃にはこういったタイプのパンを焼くためだけのトースターが普通であった。それがいつ頃からか、オーブントースターという便利なものが出回るようになった。日本の狭い台所事情を考えると、このように一台でいろいろな調理に使える器具が便利であったのだろう。
 しかし、トーストのおいしさのためには、やはり専門に徹した方が有利なのではないか。味の違いは、パンを焼く際の熱源との距離と温度によって左右されるのではないだろうか。高温で旨みと水分を閉じ込めるというような。
 どちらかというと御飯党なのであるが、トーストを食べることが多くなった今日この頃である。同じ会社の上位機種では、さらなるおいしさを追求しているらしい。(9306JP9376JP)こっちにしておけばよかったかな。

本日のブログ活動

「1.0」の記事が底をついていたので、あわてて作成し投稿。

さらに3つの下書きを書いた。これでまた少しさぼれるぞ。


FC2の方でもひさしぶりに一つ投稿。忘れられないように。

「1.0」で雑談していた時は、具体的な商品の紹介とかはしないようにしていたが、FC2ではやってみることにした。

アフィリエイトの収入をちょっとだけ期待しているというのもあったりして。


アメブロではルームに掲示板をオープン。でも、あまり宣伝はしないでおく。

気づいて気が向いた方はこっそり書き込んでください。


で、この記事を投稿という、ブログに関しては充実した一日であった。では、また。

まだかなまだかな

フロイト全集の第五回配本は、第十八巻「自我とエス みずからを語る」で、2007年7月末に刊行予定とのことだった。

そろそろ7月末だが、まだ手元には届いていない。

まだかな。

2ヵ月後との刊行というのが、スケジュールどおりにいくのか少し心配している。

急上昇

左下に表示されている、ランキングの結果が、本日見たら急上昇している。(注:この記事はもともとアメーバ・ブログのものでした。FC2ブログではこの表示はありません。)


平成19年8月2日現在

総合ランキング

57077位/1611773人中

ジャンルランキング

596位/10388人中


まあ、もともと低レベルな話なのだが、総合で9万台、ジャンルで1000番台で落ち着きそうな様子だったが、アクセス数が増えたわけでもないのに、突然の上昇であった。

こういうのは、どんな仕組みになっているかわからないのでなんとも。


動向を見守りつつはげんでいきましょう。

つぶやき

「モーセという男と一神教」を読了。

もともと好きな著作だったが、今回再読してまた目から鱗がたくさん落ちた。すばらしい。

次は「精神分析概説」。


8月になったのに、予定の第五回配本が来ないよー。遅れているのか。


夏休みに向けて、記事を書き溜めないといけないが、ちょっと無理かも。

夏休み

夏休みは8月8日から13日です。


その間、ブログの更新もしにくい場所にいるので、8月9日から13日については、「1.0」の記事をこちらで公表する予定です。


今日、それらの記事を一気に書いてしまった。こんなにたくさん一度に書いたのははじめて。

そんなわけで、少々粗雑な記事にもなりがちでしょうが、どうかごかんべんを。


では、行ってきます。

帰ってきたよ

本日で夏休みは終了。


休暇というものは必ず終わってしまうものだが、やはりあっという間だった。


ブログの記事も、「1.0」の方に戻します。今回は、こちらの記事ではコメントできないようにしていました。「1.0」の方ではもちろんコメントできますので、よろしく。


本日分の記事までは作ってあったが、明日のがなかった。あわてて作って投稿。最近はめんどうくさいので、翌日分の記事も前の日の夜遅くには公開してしまっていることがある。気づかれた方もおられるかもしれませんが。


自宅に帰ったら、岩波から包みが届こうとした形跡があった。どうやら、遅れていた第五回配本のようだ。まだ手元にはないのだが。


また、明日からは平常どおりというか、休んだ分いろいろ忙しくなりそうだ。ブログのほうもよろしくお願いします。

フロイト・ストア

こちらのブログはずいぶんご無沙汰になってしまった。
3つのブログを維持していくというのは、なかなか大変なものですね。

アマゾンのアソシエイト・セントラルのインスタント・ストアという機能を利用して、フロイト・ストアというのを作ってみた。

フロイト・ストア

これは、たしかに通常のアフィリエイトよりも簡単にできて便利だ。
フロイト研究会の関連書籍のページに組み込んだ上、各ブログにもリンクをはっておいたので、よろしかったら利用してみてください。

眼鏡

フロイトによれば、目を失うのではないかという恐怖は、去勢不安と結びついているのだという。

この考えを応用して、男性に眼鏡をかける人が多いのは去勢不安のためではないか、というのが私の仮説。

現代人は近くの物をよく見る生活のゆえに、高頻度で近視になる。その際に、コンタクトレンズを選ぶか、眼鏡を選ぶかという選択があるのだが、男性の方が眼鏡を選ぶ率が高いであろう。

考えられるひとつの理由は外見上のもの。女性は眼鏡をしていない方が美しく、男性の眼鏡はけっこうかっこいいと考えられがちなためかもしれない。ちなみに、私は眼鏡の女性もけっこういいと思いますが。

しかし、どうもそれだけではないような気がする。
私自身のことを言うと、実は眼鏡派なのだが、眼鏡をかけることで目を守られているという安心感がある。時々眼鏡を掃除すると実にいろいろなごみがついているわけで、やはり実際に守られているわけだ。突発的に目に異物が当たるような事故が、眼鏡によって防がれたという事例も、おそらくあるのではないかと推測する。(未確認)
実際の効果はどうあれ、私の場合は気持ちの上で、とても守られている気がするのだ。
さらに、コンタクトレンズという異物を眼の中に入れるということにも強い抵抗を感じる。やっぱり眼鏡はサイコー。

自分について当てはまることを一般化するのはなんだが、男性に眼鏡が多い理由のひとつに、このような心理的な要因があるのではないかと思うのだが、どうだろうか。

ちなみに、最近私は老眼のために眼鏡をしないことが増えてきた。もともと強い近視でもなく、かつ右眼と左眼の度数が違うので、今では裸眼で左眼だと遠くが良く見え、右眼だと近くが良く見えるという、わりと便利な状態になっている。だからといって、眼鏡をしなくても、さほど不安は感じないけれどね。というと、自分の仮説に反するようでもあるが。

線を引かずに読む日本語

本を読むときに、アンダーライン(縦書きだとなんと言うのかな、右線?)を引くかどうか。


私の場合は、これに関してあまり決まったやり方を持っていない。


もちろん、学生時代に試験勉強をする時には線を引きまくった。


小説を読むような時には、普通は線などひかない。


では、フロイトを読む時はどうか。つまり、ノンフィクションとか学術書とか、なにがしかを学ぶものを読む際にどうするか。


以前に「フロイト著作集」を読んでいた時には、主に蛍光ペンで線を引いていた。で、今「フロイト全集」を読んでいてどうかというと、実はぜんぜん線を引かずに読んでいる。


最初のきっかけは、あんまり紙質が良いものだから、紙面を汚すのがはばかられたということ。
しかし、実際に線を引かずに読んでみると、それで問題ないばかりか、いろいろとメリットもあることに気づいた。


線を引きながら読むことのメリットとしては、以下のようなことが考えられる。
1.どこに線を引くか考えることで、内容をよく理解することができる。
2.再度読むときに、以前に重要と考えた箇所がわかり、早く理解できる。2度目以降は飛ばし読みができる。
3.どこかに引用したいような句を探す時に便利である。


しかし、これは裏返すとデメリットにもなる。
1.線を引いただけで理解した気になってしまう。
2.再度読むときに、先入観をいだいてしまう。飛ばし読みをして、重要なところを読み落としてしまう。
3.たくさん線が引かれていたりすると、見つけたい箇所を探すのに案外役に立たない。


線を引かずに読むということは、結構禁欲的な感じだが、丁寧に読むにはこれも良いと思う。線を引かずとも、読んでいるうちに大事なところが浮かび上がって見えるようになってくる。後で「あれはどこに書いてあったな」と探しても、意外にぱっと見つかるものなのだ。つまり、見えない線を引いている感じかな。


もちろん、一般論として皆にすすめているわけではありません。


そして、「フロイト全集」に関しては、おもしろいところをブログに引用してコメントすることが、線をひく代わりになっていて、これで後から引用したい句を探すのにも便利になるであろう。


裏は見るなよ

えー、右の「読書中!」という欄でわかるように、現在トルストイの「アンナ・カレーニナ」を読んでいるところ。
読了したらまたレポートすることになると思います。

新潮文庫では、背表紙のところに、あらすじが記されている。これは、書店でどの本を読もうか決める際に参考になり便利である。ただ、あくまでもさわりだけが書かれているので、物語の最終的な結末とか、そういうネタバレ的なところには触れないという、約束事があるのかと勝手に思っていた。

で、現在全3巻中の2巻を読んでいる「アンナ・カレーニナ」ですが、展開が楽しみでつい3巻のあらすじを見てしまったのだが、うっ、これは知らないで読みたかった。そこまで書くなよ、新潮文庫。いや最後まで読んでないので、それがどれほど決定的なことなのかはわからないけど。

今後、新潮文庫の背表紙には要注意だな。とりあえず、「アンナ・カレーニナ」を先入観なしに読みたい方は、特に第3巻の後ろは見ないことをお勧めします。書店でもらったカバーをはずなさないことかな。

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Author:重元 寛人
重元寛人です。本名は佐藤寛といいます。
フロイト全集の読解を再開いたします。よろしく。


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