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2023-12

精神分析初歩教程

精神分析初歩教程(新宮一成 訳 2007)
Some Elementary Lessons in Psycho-Analysis (1938)

 さきの「精神分析概説」を中断させた大きな手術の後で、着手され未完に終わった著作である。未完といっても「概説」と違い、ほんの序盤で終わっている。
 「概説」よりも一般的な読者を想定して、親しみを込めた語り口で丁寧に解説をはじめている。「この短い研究」とあるけれど、最初の調子で進めて「概説」で扱ったくらいの内容を網羅したならば、一冊の単行本になるくらいの分量になったはずである。新版の「精神分析入門講義」を目指していたのであろうか、などとも想像してしまう。

 迫りくる死を強く意識していた彼が、専門家向けの「精神分析概説」の完成をさせずに、この解説書に着手した意図というのはどのあたりにあったのか。この期に及んで精神分析の普及のためというわけでもあるまいし、やはりフロイトはこういった解説書を書くのが単純に好きだったということなのかもしれない。

 残念ながらその意図は貫徹できなかったわけだが、ともかく書き始めたということ自体がすごいことだし、その片鱗だけでも知ることができてよかった。

 それにしてもいつもながらうまいなあと、つくづく思うのはフロイトの語り口。これが82歳で刻一刻と全身を癌に蝕まれていく苦しみの中で書かれたとは、信じがたいような若々しい文章である。
 冒頭では、専門的な知識を一般人に説明する際にとられる典型的なふたつの方法として、「発生的提示」と「独断的提示」ということをあげ、自らがこれから双方のやり方をとりまぜながら論を進めていくことを宣言する。「精神分析には、愛されようとか、人気を博そうとかいうもくろみはない(22-254)」といった、少しだけ自虐的なユーモアも健在である。

 最初の節「心的なものの本質」は、これもお得意の物理学との比喩からはじまる。電磁気学が、電気の本性を知らぬまま、電流や電圧を仮定することで理論を構築したという事実である。後になって、電流の本質は電子の流れとわかったわけだが、結果的にはプラスとマイナスが逆であったけれども、それによって電磁気学が大きく改変させられることはなかった。
 それと同じように、精神分析学も「欲動」といった心理学の根本概念について曖昧なままで理論を構築しなくてはならない。そうせざるを得ないし、それでさしつかえない、というわけだ。

しかし、心理学の場合には他とは違った事情もある。物理学上のことがらの判断については、必ずしも誰もが自信をもって何か言えるというわけのものではない。だが、心理学上の問いとなると、哲学者から市井の人まで、誰もが一家言を持ち、控えめに言ってもアマチュア心理学者であるかのように振舞う。(22-255)


 読んでいて、にやりとさせられ、しかも含蓄の深い文章。まさに、そのとおりだよなあ。
2007.9.3

テーマ:本の紹介 - ジャンル:本・雑誌

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