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強迫行為と宗教儀礼

強迫行為と宗教儀礼 (道籏泰三 訳 2007)
Zwangshandlungen und Religionsübungen (1907)

 一九〇七年に書かれた、フロイトとしてはひさしぶりの強迫神経症に関する論文である。ここで初めて、強迫神経症は宗教との関連から論じられた。
 この後、一九〇九年に有名な「鼠男」の論文が書かれることになり、それを足掛かりに「トーテムとタブー」では歴史的な文化研究がはじめられた。さらに、「ある錯覚の未来」から「文化の中の居心地悪さ」、そして「モーセという男と一神教」という宗教論の中心には、常に強迫神経症の考察があった。

 ヒステリーが、精神分析という治療を開発するにあたって最も重要な疾患であったとすれば、強迫神経症はその理論を深めるとともに、文化論へと広げていく鍵となった疾患であった。


断念された欲動の出自

 一般に精神疾患における正常と異常の境界というものは流動的で相対的なものであるが、強迫神経症においては特にそうである。ほとんどの人がなんらかの強迫的儀式行為といったものを体験したことがあるのではないか。手洗いや洗面を決まった手続きでやるとか、寝る前にいつもする儀式的行動とか、特定の色のタイルだけを踏んで歩くとか、階段の昇降で最後は決まった側の足で終わるようにするとか。
 これらの強迫行為は、通常どこか目立たないところでひっそりと執り行われており、それゆえ社会生活には大きな支障にならずにすむわけだが、それがエスカレートして生活の大きな負担になると病的と見なされることになる。

 一方、宗教儀礼はそれ自体実際的な目的のはっきりしない形式的行為であるが、宗教的に意味あるものと見なされ、共同で厳格に執り行われる。

 フロイトは、強迫行為と宗教儀礼の間に根本的なつながりを見出した。強迫行為はいわば私的な宗教儀礼であり、宗教は歴史的に形成された普遍的な強迫神経症である。いずれにせよ、この強迫という現象が、特殊な現象ではなく普遍的な性質をもっているということであろう。

 フロイトの考え方によると、かつて断念され抑圧された欲動の蠢きが、誘いと感じられ予期不安をひきおこし、それに対する心的反動形成としてなされるのが強迫行為である。それは、欲動の蠢きを退けようとする意図と共に、象徴的な形で禁じられた行為の代理満足を得ようとするという風に、二重の意図を持っている。
 そして、誘いに対する防御が完全ではないと感じられるために、またそこに代理満足が潜んでいるために、その行為は完結せずにどんどんエスカレートしていかざるを得ないようになってしまう。

 強迫行為と宗教儀礼の違いは、断念された欲動の性質である。それは、強迫神経症の場合は性的な出自の欲動、宗教の場合は利己的な出自の欲動であるという。ここのところは、よくわからなかった。宗教においても、禁じられているのは性的な欲動である場合が多いのではと思うのだが。


復讐するはわれにあり

 強迫行為は、抑圧された欲動からの誘いから身を守るための防御策である。と同時に、まさにその抑圧された欲動を象徴的な形で充足させようとする行為でもある。

 宗教儀礼の場合には、誘いに対抗するための防御という側面はよくわかるが、後半の隠された意図の方はどうなのか。フロイトは、「復讐するはわれにあり」という新約聖書の言葉(ローマ信徒への手紙12.19)をひいて論じている。
 この言葉は、日本では映画化された小説の方で有名になってしまったが、もともと復讐という人間の行為を戒めるものである。ただ、その際に単に「復讐はいけない」と言うのではなく、「復讐は神のすることである」という戒め方をしている点が興味深い。つまり、「敵への復讐を断念したならば、かわりに神が復讐してくれますよ」といったほのめかしが、そこにはあるのだ。
 宗教儀式の中にも、それによって内なる悪を追い払うと同時に、それを神に託して実現させようという邪悪な意図が込められているということかもしれない。

 そういえば、この記事を書いたのは2月3日の節分であったが、豆をまいたり太巻きを食べたりという儀式的行為の中にも、邪悪さを振り払うと同時に、欲動追求的な意図が込められているという気はする。
2008.2.4

テーマ:書評 - ジャンル:本・雑誌

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