フリッツ・ヴィッテルス宛書簡
フリッツ・ヴィッテルス宛書簡(本間直樹 訳 2007)
Brief an Fritz Wittels (1923)
フリッツ・ヴィッテルスは1924年にフロイトの伝記『ジークムント・フロイト――その人物像・学説・学派』を出版した。出版前にフロイトに送られた一冊に対する返礼としての書簡である。当時ヴィッテルスは精神分析協会を離れており、フロイトとも微妙な関係にあったと思われる。
本人が生きている間に書かれる伝記というのはむずかしい。逆に死んでしまえば言いたい放題というところがある。ヴィッテルスによる伝記は、読んではいないけれど割と公平なものであったようではある。それでも書かれた本人は、皮肉っぽく批判的に評価している上、訂正箇所のリストまでつけている。
リストは細かい点にわたるが、大きなものとしてはコカインについての記述と、『快原理の彼岸』における死の欲動のアイデアのこと。ヴィッテルスは死の欲動の思いつきとフロイトの娘の死去とを関連づけて分析していたが、フロイトは『彼岸』の重要部分はその出来事の前に完成していたと反論している。「もっともらしいことは必ずしも真実ではない(18-227)」と。
フロイトは若い頃に、将来の伝記作者を困らせるためと、自分の日記を廃棄してしまっている。誰でも個人的なことを他人からとやかく言われたくないが、彼の場合には自らの研究成果を個人的動機と結びつけて解釈されるのがとりわけ嫌だったようだ。
そりゃあそうだろうと思う。理論がすばらしければ、それをいかに思いついたかという個人的な動機などは、どうでもよいことだ。
Brief an Fritz Wittels (1923)
フリッツ・ヴィッテルスは1924年にフロイトの伝記『ジークムント・フロイト――その人物像・学説・学派』を出版した。出版前にフロイトに送られた一冊に対する返礼としての書簡である。当時ヴィッテルスは精神分析協会を離れており、フロイトとも微妙な関係にあったと思われる。
本人が生きている間に書かれる伝記というのはむずかしい。逆に死んでしまえば言いたい放題というところがある。ヴィッテルスによる伝記は、読んではいないけれど割と公平なものであったようではある。それでも書かれた本人は、皮肉っぽく批判的に評価している上、訂正箇所のリストまでつけている。
リストは細かい点にわたるが、大きなものとしてはコカインについての記述と、『快原理の彼岸』における死の欲動のアイデアのこと。ヴィッテルスは死の欲動の思いつきとフロイトの娘の死去とを関連づけて分析していたが、フロイトは『彼岸』の重要部分はその出来事の前に完成していたと反論している。「もっともらしいことは必ずしも真実ではない(18-227)」と。
フロイトは若い頃に、将来の伝記作者を困らせるためと、自分の日記を廃棄してしまっている。誰でも個人的なことを他人からとやかく言われたくないが、彼の場合には自らの研究成果を個人的動機と結びつけて解釈されるのがとりわけ嫌だったようだ。
そりゃあそうだろうと思う。理論がすばらしければ、それをいかに思いついたかという個人的な動機などは、どうでもよいことだ。
2007.12.2
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