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2020-04

フロイトの精神病論

セーイチさんのブログ「発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版」の記事「S.フロイトの1913年に発表された論文「自伝的に記述されたパラノイア(妄想性痴呆)の一症例に関する精神分析的考察」について。 」を読んでのトラックバック


フロイトの精神病論というのは、実にすばらしい。何がすばらしいかといえば、動機に注目し、動機を根本的な要因と考えることである。これは、フロイト理論の基本的な考え方でもあるのだ。動機とは、もちろん欲動でありリビードである。


われわれにとって、人格とか自我というものの統合は自明のことだから、それが崩壊するのを見ると、そこに構造上の脆弱性といったものを仮定したくなるものなのだ。多くの精神病理論はこういう立場にたっていると思われる。


しかし、フロイトは、もともと自我というものは脆弱であり、ちっとも統合されていないのが当たり前の状態である、と考える。自我の統合は、ある動機によって、一生懸命努力してようやく維持されるものなのである。


そして、その動機がナルシシズムである。それも、二次ナルシシズムである。つまり、他人を好きになるようなやり方で自分を好きになることである。


フロイトの考えるリビードの発展の第一段階は、一次ナルシシズムで、これはまだ対象も知らずに自らを誇大的なものと思っている段階である。この幻想は現実からの刺激によって破られ、自己の寄る辺なさに気づいて、こんどは対象(他人)に惚れ込む段階がある。その段階を経て、もう一度、対象を取り込み、対象と同一化した自我を愛するのが、二次ナルシシズムである。
だから、対象をちゃんと愛せなければ、当然二次ナルシシズムも不安定になり、自我の統合も脆弱になる、というわけだ。


さらに、対象愛にも二段階あって、第一段階が同性愛的対象選択。第二段階が異性愛的対象選択。同性愛的対象選択が先に来るというのがちょっと理解しにくいが、前思春期の子供が、やたらと同性同士でべたべたする状態を思い浮かべるとよいだろう。これが、成熟したナルシシズムの発達とその結果としての自我の統合にとって、大変重要なのだ。


統合失調症の人というのは、この段階をうまく通過できなかったので、同性愛的欲求をうまく処理できない。そのような衝動の蠢きを内に感じると、これを危険なものとして、強く否定しようとする。その防衛的努力として、フロイトは妄想を理解しようとした。

コメント

■おひさしぶりです^^

おはようございま~す。記事、読ませていただいたので足跡を残して行きますね♪
フロイトって、神経症の患者さんの治療をメインにしていたっていうイメージしか無かったのですが、精神病の病理についてもかなり考察をしていたんですね。やはり、「感情知能」の高い人です。
ブロブ、模様替えされたのですか?
爽やかですね~。また遊びにきます。


■こちらもよろしく

おこしいただきありがとうございます。

以前来ていただいたのとは、別のブログなんですけれど、こちらもよろしく。
まぎらわしいので、ブログ名変更しておきました。

私はいろいろ読む気力も余力もないのでひたすらフロイトですが、ゆみっちょん♪さんも勉強がんばってください。


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Author:重元 寛人
重元寛人です。本名は佐藤寛といいます。
フロイト全集の読解を再開いたします。よろしく。


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